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名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)2618号 判決

主文

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 被告が、昭和五五年八月一日なした額面株式六〇〇〇株の新株発行が存在しないことを確認する。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する被告の答弁

主文同旨の判決。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

1. 被告は、一般乗用旅客自動車運送事業及びこれに付帯する一切の業務を営むことを目的として設立された株式会社である。

2.(一) 昭和五三年一〇月二八日当時、丹羽久章(以下「久章」という。)が被告の株式二六〇〇株を有していた。

(二)(1) 完山正治こと崔載仲(以下「崔」という。)は、久章から、昭和五三年一〇月二八日、同人所有の被告の株式二六〇〇株(以下「本件譲受株式」という。)を譲り受けて同社の株主となった。

(2) 崔は、昭和六〇年三月二二日死亡し、右株式を原告らが相続し、その相続分は、原告沈允南が二一分の六、同崔淑美が二一分の一、同崔正美が二一分の四、同崔明錫が二一分の六、同崔敏錫が二一分の四であったが、昭和六一年一二月六日、原告らの遺産分割の協議により、右株式について、原告沈允南が七四三株、同崔淑美が一二四株、同崔正美が四九五株、同崔明錫が七四三株、同崔敏錫が四九五株をそれぞれ取得した。

3. 被告は、原告らに対して、昭和五五年八月一日、被告の新株六〇〇〇株(記名式額面普通株式)が発行された(以下これを「本件新株発行」という。)と主張する。

4. よって、原告らは、本件新株発行が存在しないことの確認を求める。

二、請求の原因に対する認否

1. 請求の原因1は認める。

2. 同2の(一)は認め、(二)の(1)は否認、(二)の(2)のうち、原告主張の日に崔が死亡した事実は認め、その余は不知。

3. 同3は認める。

三、抗弁(本案前の抗弁も兼ねる。)

1.(一) 原告らは、被告の株券の交付を受けておらず、かつ被告の株主名簿にその氏名及び住所を記載されていない。

(二) 被告は、株主からの株券不所持の申し出により株券不発行制度を取り、株主に対し、株券を発行していない。従って、以後右株式については意思表示のみでは株式の譲渡の効力は生ぜず、会社は株券不所持の譲受人からの名義書換の申し出を拒絶し得るものであり、株主名簿に記載されない以上、右譲受人は株式を譲受けたことを会社に対抗できない。

(三) 従って、原告らは被告に対してその株主であることを主張できない。

2.(一) 被告は、昭和五五年七月一六日、開催された取締役会で次の通りの決議をした。

(1)  発行する新株は記名式額面普通株式六〇〇〇株とし、募集方法は一般公募とする。

(2)  発行価額及び払込金額は一株五〇〇円とする。

(3)  払込期日は昭和五五年八月六日。ただし、全額の引受及び払込が完了した場合は、払込期日を繰り上げることができる。

(4)  取扱銀行は、株式会社東海銀行大曽根支店とする。

(二) 被告は、同年七月二八日、開催された取締役会で次の通りの決議をした。

同年七月一六日に、被告の取締役会において決議された新株発行につき、発行する新株六〇〇〇株全部の引受及び払込が完了したので、さきに同年八月六日と決めた払込期日を同年七月三一日に繰り上げる。

(三) 被告は、前記取締役会の決議に基づき、昭和五五年八月一日、新株六〇〇〇株を発行し、その旨の登記手続を了した。

四、抗弁に対する認否

1. 抗弁1の(一)は認め、(二)は否認する。被告の定款が認証された昭和三四年九月三〇日当時、商法上株券不発行制度がなかった。

2. 抗弁2の(一)、(二)は認め、(三)のうち、新株発行した旨の登記手続がなされたことは認め、その余は否認する。

五、再抗弁

1.(一) 本件譲受株式を崔に譲渡した久章は被告の代表者でありながら正当な理由がないのに、崔の株券の交付及び名義書換の請求に応じなかったものであり、原告らが被告の株券の交付を受けず、かつ名義書換がなされないことをもって被告の株主であることを否認することは信義則上許されない。

(二) 被告は、会社設立後株券の発行を不当に遅滞していたものであるから、株券の不交付を理由として株式の譲渡を否認することは信義則上許されず、右の場合、株主は意思表示のみによって株式を譲り受けたことを主張できる。

2. 本件新株発行には、次に述べるような瑕疵があり、存在が認められない。

(一)  取締役でないものによる取締役会決議及び代表取締役でないものによる新株発行

(1) 昭和五五年二月二九日、名古屋地方裁判所により商法二五八条二項に基づき被告の仮取締役及び仮代表取締役に選任された久章は、同年四月五日、臨時株主総会を招集し、右総会において久章、伊藤節雄、高村晃の三名を取締役に、丹羽速次を監査役にそれぞれ選任する旨の決議がなされ、同年四月八日開催の取締役会において久章を代表取締役に選任する旨決議した。

(2) しかし、右総会決議は次の通り手続に著しい瑕疵があり、株主総会決議として存在しない。

イ 株主たる崔に招集通知がなく、当時被告の株式一二〇〇株を有していた丹羽章夫(以下「章夫」という。)も行方不明で、招集通知を受けることができない事情にあり、かつ株主総会にも出席することは不可能であった。

ロ 仮に、章夫に対し右株主総会の招集通知がなされたとしても、崔も章夫も右総会に出席していない。

ハ 崔に株式を譲渡した久章は仮代表取締役でありながら、崔に株主総会の通知をしなかったことは信義則に反する。

(二)  新株払込金の不存在

株式会社東海銀行大曽根支店に昭和五五年七月三一日別段預金として預け入れられた三〇〇万円は、同日直ちに払戻されて現実に増資による資本組入れがなされず、見せ金による増資の変更登記がなされただけなので、増資による新株発行の実体が存在しない。

六、再抗弁に対する認否

1. 再抗弁1は否認する。

2. 同2の(一)の(1)は認め、同(2)は否認する。原告の主張事実は株主総会決議の取消し事由にしか過ぎない。

3. 同2の(二)のうち、被告が原告主張の通り、三〇〇万円を預け入れその後これを払戻したことは認めるが、その余は否認する。いったん払い込まれた金員をその後いかに使用しようと自由であり、原告の主張事実は新株発行の不存在事由にはならない。

第三、証拠〈略〉

理由

一、訴訟条件について

1.(一)(1) 請求の原因1、2の(一)の事実は当事者間に争いがない。

(2) 成立に争いない甲第二、一〇、二一、二二、二三号証によれば、久章は昭和五三年八月五日、崔との間で、被告の事務所を名古屋市北区新沼町一二八番地から同市守山区小幡字宮ノ腰五四番地に移転し、崔が新沼町所在の建物を明け渡すことを条件に、章夫が崔に対して負担する債務一五〇〇万円の弁済に代えて、久章所有の被告の株式三〇〇〇株を譲渡する旨合意したこと、同年一〇月末、右事務所が上記の通り移転された(登記は昭和五四年八月二〇日)ことがそれぞれ認められ、右事実によれば、崔は遅くとも昭和五四年八月二〇日、本件譲受株式を久章から取得したものと認められ、成立に争いない甲第三〇、三一、三二号証のうち、これに対する陳述部分は、前記各証拠に照らし採用できず、他にこれを覆すに足る証拠がない。

(3) 成立に争いない甲第一九号証及び弁論の全趣旨によれば、崔が昭和六〇年三月に死亡し、これを相続した原告らの間における協議により前項の株式を請求の原因2の(二)の(2)に記載の通り分割取得したことが認められ、これを覆すに足る証拠がない。

(二)(1) 原告らが、いまだ被告の株券の交付を受けておらず、かつ被告の株主名簿にその氏名及び住所を記載されていないことは当事者間に争いがない。

(2)イ いまだ株券が発行されていない株式を譲渡する場合は、意思表示のみにより譲渡する他なく、会社が株券発行を不当に遅滞し、信義則に照らしても株式譲渡の効力を否定することが相当でない状況になったときは、会社は右意思表示のみによる株式譲渡の効力を否定できず、株式譲受人は会社に対する右譲受の通知又は会社からの承諾により会社に対し右譲受を主張できるものと解すべきである。

ロ また、株式を譲受けた株主が名義書換を請求したときは、会社は正当な理由がない限り右請求に応じなければならず、会社が正当な理由がないのに名義書換請求を拒絶したときは、株式譲受人は名義書換がなくとも会社に対して株主であることを主張することができるものであり、他方会社は名義書換のないことを理由にその譲渡を否定することはできないものと解すべきである。

(3)イ 前記甲第二号証及び成立に争いない甲第一号証を総合すれば、被告が設立されてからすでに二七年余りが経過していることが認められる。

ロ 被告は、本件譲受株式については久章から株券不所持の申し出及び株主名簿に株券を発行しない旨記載したと主張し、なるほど、乙第一、一〇号証には、昭和六〇年一〇月一八日現在の被告の株主名簿に久章を含む被告の株主全員につき株券を発行しない旨の記載がなされているが、右書証の成立につき立証がないだけでなく、証人野瀬昭造(以下「野瀬証人」という。)の証言によれば、昭和三六年頃から被告の顧問税理士として同社の税理事務を担当してきた同人が右株券不発行の事実を知らないこと、成立に争いない甲第一一、一四号証及び弁論の全趣旨によれば、崔と被告との間で昭和五五年から同五九年まで名古屋地方裁判所に係属していた株主確認等請求事件において、崔側が譲受株式が原告の所有であることの確認と右株式の株券の発行及びその引渡を求めたのに対し、久章及び被告側が右株式の譲渡の合意があったことを認めたうえで右合意が売買契約であり、かつ右契約が崔の債務不履行により解除になったことのみを主張するだけであり、原告らと被告との間で昭和六〇年に同裁判所に係属した株券発行等請求事件においても原告らが、章夫が被告に対して有する株券交付請求権を差押さえたことを理由に被告に右株式の株券の発行及びその引渡を求めたのに対し、被告がこれを争うだけであり、いずれの事件においても株券不所持及び不発行については全く主張がなかったところ、本訴が係属してから約一年後に新たな訴訟代理人が選任された後の口頭弁論期日において初めて右主張がなされ、かつ証拠が提出されたことが認められること等に照らして右乙第一、一〇号証の記載から直ちに久章が被告に対し本件譲受株式につき株券不所持の申し出をなしたものと認めることはできず、他に右事実を認めるに足る証拠がない。

ハ 他に、被告が株券をいまだ発行していないことにつき正当な理由があると認めるに足る証拠がない。

ニ 以上によれば、被告は株券発行を不当に遅滞しているものであり、信義則に照らしても株式譲渡の効力を否定することが相当でない状況になったものと言うべきである。

ホ 前記甲第一一号証によれば、崔が昭和五五年頃、被告及び久章を相手取り、崔と被告及び久章との間において崔が本件譲受株式を有することの確認と被告に対して右株券の発行及びその引渡を求めて訴えを提起したことが認められるから、その頃崔が被告に対し、久章から右株式を譲受けたことを通知したことが推認され、原告らが本件口頭弁論期日において被告に対して崔から右株式を相続により取得したことを主張したことは当裁判所に顕著な事実である。

(4)イ 崔が名古屋地方裁判所に昭和五五年、被告及び久章を相手取り、崔と被告及び久章との間において崔が本件譲受株式を有することの確認と被告が崔に対して右株式の株券の発行をし、かつこれを引渡す旨の裁判を求めたことは前記(3)のホの通りであり、前記甲第一一号証及び弁論の全趣旨によれば、崔の右請求に対し、被告(当時久章が代表取締役)及び久章側が請求棄却の判決を求めて争い、昭和五九年言渡された崔の右請求を認める旨の判決に対して控訴の申立をし、本訴においても原告らの本件譲受株式の取得を争っていることが認められるから、当然原告らの名義書換請求にも応じないことは明らかである。

ロ しかし、前記(二)の(1)掲記の証拠に照らし、被告及び久章又はその相続人が崔又はその相続人たる原告らの右請求を争うことは正当な理由を欠くものと認められ、右事実によれば、右判決が未確定とはいえ、本件譲受株式の譲渡人であった久章が被告の代表取締役であったことを考えると、信義則に照らしても被告が右株式譲渡の効力を否定し得ないものであり、本件譲受株式を有する原告らとしては、名義書換がなくとも被告に対して株式であることを主張することができるものであり、他方被告は名義書換のないことを理由にその譲渡を否定できない。

(三) よって、原告らは被告に対して、同社の株主であることを主張できる。

2. 被告が、原告らに対して、昭和五五年八月一日、被告の新株六〇〇〇株が発行されたと主張していることは、当事者間に争いがない。

3. 以上により、原告らは、本訴につき当事者適格及び確認の利益を有する。

二、新株発行の存在

1.(一) 被告の取締役会が昭和五五年七月一六日、請求の原因2の(一)の通りの、同年七月二八日同2の(二)の通りの決議をしたこと、新株発行により発行済株式の総数を一万二〇〇〇株と変更する旨の登記がなされたこと及び昭和五五年七月三一日、株式会社東海銀行大曽根支店に別段預金として三〇〇万円が預け入れられたことは当事者間に争いがない。

(二) また、成立に争いない甲第九号証の一ないし一一によれば、右変更の登記申請が同年八月一日、久章の代理人が取締役会議事録、加納英雄他四名の新株発行申込書及び右銀行の株式払込金保管証明書を添付してなしたものであることが認められる。

2.(一) 昭和五五年二月二九日名古屋地方裁判所により被告の仮取締役及び仮代表取締役に選任された久章が、同年四月五日臨時株主総会を招集し、右総会において久章、伊藤節雄、高村晃の三名を取締役に、丹羽速次を監査役にそれぞれ選任する旨の決議がなされたことは当事者間に争いがない。

(二) 原告らは、右総会の手続に請求の原因2の(一)の(2)のイの通りの瑕疵があり、その決議が存在しないから、右決議により取締役に選任されたものは真実の取締役でなく、右取締役会で代表取締役に選任された久章も代表取締役ではないと主張するが、仮に、右総会の決議が存在しないとすれば、先に前項の通り仮取締役及び仮代表取締役に選任された久章が依然として右地位にあることになり、久章の行った本件新株発行手続が仮代表取締役としての行為と見ることもでき、また、株式会社を代表する権限のある取締役が新株を発行した以上、取締役会の有効な決議がなくても、右新株発行は有効であるから、いずれにしても久章によってなされた本件新株発行が存在しないということはできず、右総会決議不存在の事由により新株発行が存在しないとする原告らの主張は理由がない。

3.(一) 前記1の通り銀行に預け入れられた三〇〇万円がその後(成立に争いない甲第一六号証の一、二によれば、即日)被告に払い戻されたことは当事者間に争いがない。

(二) また、野瀬昭造の作成部分につき争いない甲第三ないし八号証及び野瀬証人の証言によれば、被告担当税理士が作成した被告の法人税に関する確定申告書には新株発行に伴う資本金額の変更や新株申込証拠金に関する記載が一切ないこと、右当時被告の税理事務を担当していた野瀬昭造も本件新株発行の事実を知らなかったことが認められるが、成立に争いない甲第二二、二三、二六、二七号証、乙第六号証の一、乙第一二号証によれば、昭和五三年頃から以降、崔やその部下が被告の営業及び経理事務を事実上掌握し、久章やその部下が右経営から事実上排除されていたことが認められることに照らし、右確定申告書の記載から直ちに新株申込金が会社に入金されなかったものと断定することはできず、右を理由として新株発行が存在しないものとはいえない。

4. その他、本件新株発行が存在しないと認めるに足る証拠がない。

三、よって、原告らの請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

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